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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)7076号 判決 1985年3月18日

原告 渡辺一樹

右訴訟代理人弁護士 船尾徹

同 村野守義

同 清見栄

同 阪口徳雄

被告 八重洲無線株式会社

右代表者代表取締役 長谷川佐幸

右訴訟代理人弁護士 遠藤英毅

同 佐藤皓一

同 石黒康

主文

一  原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金二〇九〇万一〇〇七円と、これに対する内金二九万九二九〇円については昭和五一年一二月三一日から、内金二一五万七七一四円については昭和五二年一二月三一日から、内金二三二万八三五六円については昭和五三年一二月三一日から、内金二五六万四五七四円については昭和五四年一二月三一日から、内金二八三万三六九六円については昭和五五年一二月三一日から、内金三二五万五二八四円については昭和五六年一二月三一日から、内金三三三万六二一五円については昭和五七年一二月三一日から、内金三四六万五七八八円については昭和五八年一二月三一日から、内金六六万〇〇九〇円については昭和五九年三月三一日から、それぞれ支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項の金二〇九〇万一〇〇七円のうち金一二〇〇万円の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文第一項と同旨。

2  被告は、原告に対し、金二三六五万六三九六円と、これに対する内金三一万〇八四〇円については昭和五一年一二月三一日から、内金二三一万五一二〇円については昭和五二年一二月三一日から、内金二五四万二〇四〇円については昭和五三年一二月三一日から、内金三〇三万九六二〇円については昭和五四年一二月三一日から、内金三三七万八一八〇円については昭和五五年一二月三一日から、内金三六七万九五五〇円については昭和五六年一二月三一日から、内金三七三万四六二四円については昭和五七年一二月三一日から、内金三九〇万一五三二円については昭和五八年一二月三一日から、内金七五万四八九〇円については昭和五九年三月三一日から、それぞれ支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  主文第四項と同旨。

4  第2項につき仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告会社は、肩書地に本店を置き、テレビ受像機、ラジオその他の家庭用電気器具の販売、無線機器の製造及び販売等を業とする株式会社であり、都内には大田区池上に工場(以下「池上工場」という。)を、同区馬込にサービスステーション(以下「馬込サービスステーション」という。)を有するほか、福島、山梨、大阪、福岡に工場等を有している。

原告は、昭和四五年に被告会社に期限の定めなく雇用され、昭和五一年一二月当時、馬込サービスステーションに配属され、同所及び池上工場において業務に従事していた。また、原告は、被告会社の従業員で組織された総評全国金属労働組合東京地方本部下丸子地域支部八重洲無線分会(以下、組織全体については「全金」、東京地方本部については「東京地本」、地域支部については「下丸子支部」、分会については「分会」という。)の組合員であり、昭和四八年一月ころから分会長の職に就いていた。

2  解雇の意思表示

被告会社は、原告に対し、昭和五一年一二月一五日付けで解雇の意思表示をし(以下「本件解雇」という。)、以後現在に至るまで原告の就労を拒否し、原告に賃金を支払わない。

しかし、本件解雇は無効である。

3  原告の賃金

(一) 被告会社の賃金体系は、本件解雇当時、基準内賃金と残業手当とに分かれ、基準内賃金は基本給と住居手当、家族手当等の諸手当とから成っていた。原告は、本件解雇当時、基本給、技術手当、住居手当、運転手当、家族手当、皆勤手当及び精勤手当の基準内賃金並びに残業手当を支給されており、その合計額は、別表一(1)の一一月欄記載のとおり、一か月金一一万四九八〇円であった。

(二) その後、昭和五七年四月以降、家族手当が基準外賃金とされ、生活手当が基準内賃金に新設されるなどの賃金体系の変更があった。原告が受けるべき月例賃金額は、右のほか、毎年三月(昭和五六年からは四月)の昇給(定期昇給とベースアップ)による基本給の増加と住居手当等の増減、原告の家族関係の変化による家族手当の増減などにより、別表一(1)ないし(10)のとおり変遷した(備考欄参照)。

(三) 残業手当について、被告会社は、一か月の稼動日数を二三日、一日の労働時間を七・五時間として基準内賃金の一時間の単価を算出し、これに一・二五(昭和五六年四月からは一・三二)を乗じた額を残業手当の一時間の単価としていた。昭和五一年一一月の原告の残業手当は二三八〇円であり、これは、右の計算方式によると三時間分に相当する。本件解雇が存在しなければ、原告は従来どおり就労して毎月三時間の残業を行ったはずであるから、これに対する残業手当は別表一(1)ないし(10)の残業手当欄記載のとおりとなる。

(四) 被告会社は毎年七月及び一二月に一時金を支給しており、その額は、基準内賃金を支給基礎額とし、それに支給月数を乗じて算定されるところ、本件解雇以降における支給基礎額、支給月数及び一時金額は別表一(11)のとおりである。

(五) したがって、本件解雇以降昭和五九年三月までの未払賃金の総額及び各年毎の合計額は、別表一(12)のとおりとなる。

4  よって、原告は被告に対し、原告が被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、未払賃金総額二三六五万六三九六円と、そのうち昭和五八年までの未払分については各年の合計額に対する弁済期の経過後である当該年の一二月三一日以降、昭和五九年の未払分についてはその合計額に対する弁済期の経過後である同年三月三一日以降、それぞれ支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項は、本件解雇が無効であるとの点は争い、その余の事実は認める。

3  同第3項中、賃金体系の概要、毎年の昇給の存在、原告の家族関係等は認めるが、その余は別表二と異なる限りにおいて否認する。原告の昭和五一年一一月分の賃金額とその明細は別表二(1)の一一月欄記載のとおりであり、原告が解雇されずに就労を続け、昭和五一年一一月におけるのと同一時間の残業を毎月行ったとした場合に原告に支払われるべき賃金の推移は、別表二(1)ないし(12)に記載するとおりである(違算訂正)。ただし、仮に未払賃金の支払請求が認められたとしても、原告に残業手当相当額の支払を認めることはできない。

4  同第4項は争う。未払賃金請求権に年六分の割合による遅延損害金を付することはできない。

三  抗弁

1  本件解雇の理由

本件解雇の理由は、要約すると、第一に、原告が、昭和五一年八月二三日午前八時ころ東急バス上池上停留所付近において、原告が作成した別紙一の「マゴメ、修理の山!」と題する虚偽の内容の記事(以下「本件記事」という。)の掲載されている組合分会ニュース「呑川」第二五八号(以下「本件ビラ」という。)を一般通行人を対象に多数配布したこと(就業規則六六条一一号、一五号該当)、第二に、原告が、昭和四八年六月ころから昭和五一年八月ころまでの間に、勤務中の言動について就業規則に違反するとして、被告会社から二一回にわたって警告を受け、昭和五〇年二月二一日には降格処分、同年四月八日には昇給停止処分を受けたにもかかわらず、一向に態度を改めず、本件ビラ配布を行ったこと(就業規則六六条六号、一〇号、一六号該当)、及び第三に、本件ビラ配布問題について円満に解決を図ろうとした被告会社に対して、原告が自らの行動を反省することなく、全く不誠実な対応を示したこと(就業規則六六条六号、一六号該当)である。

このような原告の行動は、総じて被告会社と原告との間の雇用契約を維持存続する上で重大な支障となる事由であり、雇用契約に要求されている信頼関係を破壊するものであって、解雇もやむを得ない正当な事由となる。すなわち、原告の本件ビラ配布を基礎として、その前後一連の行動を総合して解雇理由としたものであって、右各事由は相互に補強し合って、一つの解雇事由を形成している。

以下、第二の事由について第2項「本件ビラ配布以前の状況」で、第一の事由について第3項「本件ビラ配布とその問題点」で、第三の事由について第4項「本件ビラ配布以後の状況」で、詳述する。

《以下事実省略》

理由

一  当事者及び本件解雇の意思表示

請求原因第1項の事実及び同第2項中本件解雇が無効であるとの点を除くその余の事実については、当事者間に争いがない。

二  本件ビラ配布前の分会と被告会社との関係

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和四五年一月二九日被告会社に入社し、約一か月間製造調整課で勤務したのち、池上工場内の技術部設計二課に移って無線機の設計を担当し、昭和四七年には主任となった。

2  昭和四七年八月、被告会社の池上工場に勤務する従業員により旧組合が結成され、同工場の従業員約六〇名がこれに加入し、初代の委員長に芦谷正博が、書記長に原告がそれぞれ選出された(この点については当事者間に争いがない。)。当時、同工場には組合員となり得る従業員が九〇ないし一〇〇名おり、旧組合は、その過半数により組織された独立の企業内組合として発足した。

旧組合は、被告会社に対し、同月二五日付けで「要求書第一号」と題する書面を提出し、団体交渉権の承認、事前協議制、組合事務所及び掲示板の設置及び貸与、会社施設使用の便宜供与、就業時間中の電話取次ぎ等の便宜供与、並びに就業時間中における連絡等の最少限の労働組合活動の承認などを要求した。被告会社は、就業時間中の便宜供与と組合活動の承認を除き、これをほぼ全面的に受け入れ、旧組合に対し、組合事務所及び掲示板を設置して貸与したほか、社内放送利用等の便宜を与え、就業時間外や休憩時間中における会社内でのアンケートの配布及び回収や機関紙配布などの組合活動にも異議を述べなかった。

しかし、旧組合が同年一一月一日に同年の年末一時金について基本給に物価手当を加えた額の四・五か月分プラス二万円の要求をしたころから、被告会社と旧組合との関係は円滑を欠くようになり、被告会社は、同月一六日、芦谷委員長の雇用契約が一年間の期限付きのものであるとの解釈の下に、同人に対し、同年一二月二〇日で雇用契約期間が満了する旨通知し、同年一一月二四日には、社内放送の利用について一定の場合に事前の許可制を導入することとし、同年一二月一一日には、組合事務所の場所を変更する旨を通告して同月一五日までに従来の事務所を明け渡すよう要求するなど、旧組合にとってはにわかに承服しがたい事項を次々と実施した。

このころ旧組合から大量の組合員が脱退し(この点については当事者間に争いがない。)、同月下旬には組合員数が約二〇名となってしまったため、残った組合員は、その全員が全金に個人加入して同月二六日に下丸子支部の分会を結成した。分会結成に先立って、被告会社が同月二二日に組合事務所の明渡しを一方的に実行したため、旧組合は大森簡易裁判所に対し、被告会社を債務者として従前の組合事務所の占有妨害禁止等を求める仮処分を申請し(同庁昭和四七年(ト)第一一五号事件)、同月二八日、同裁判所は右申請を認容する決定をし、分会は、旧組合の承継人として、右決定に基づき組合事務所の占有を回復した。しかし、被告会社は、分会の組合事務所の占有が不当であるとして、東京地方裁判所に下丸子支部を被告とする組合事務所の明渡訴訟を提起し(同庁昭和四八年(ワ)第八八八一号事件)、分会と被告会社とはこの点をめぐって対立を続けた。

3  こうした対立状態の中で、分会の組合員は減少し続け、昭和四八年二月ころには一〇名、昭和五一年六月ころまでには四名となってしまった。他方、被告会社では、就業時間中の労働組合活動には被告会社の許可を要することとしており、許可について厳格な態度をとったため、少数組合となった分会としては、一般従業員に分会の主張を訴え、あるいは一般従業員の意見を吸収するため、分会の機関紙である「分会ニュース」や「呑川」を作成配布することを組合活動の中心とし、昭和四九年初めころからは、毎週一回始業時刻前に池上工場においてこの配布を行い、原告はこの活動において中心的役割を果たしていた。これに対し、被告会社は、その就業規則において、就業時間の内外を問わず被告会社の許可を得ないでその施設又は敷地内で図画印刷物を頒布することが懲戒解雇又は諭旨退職の事由となる旨定めており、後記のとおり、始業時刻前や休憩時間中における池上工場内でのビラ配布活動に対し、それらが懲戒事由になる旨警告を発したため、分会の池上工場におけるビラ配布活動は、始業時刻前にその門前で行わざるを得なくなった。

被告会社は、原告のビラ配布活動をはじめとする組合活動に対して、抗弁第2項(二)記載のとおり、警告及び処分をした(この点については当事者間に争いがない。)。このうち、分会機関紙の記事を問題とした警告六件は、いずれも原告が、事実関係あるいは被告会社の施策の意図を曲解して、それらを前提に被告会社を批判し、一般従業員に誤解を与え、被告会社と従業員との間の離間を図ったとして行われたものであるところ、問題となった記事には、かなり誇張された表現、不穏当な表現や事実に反する記載もないではないが、それらは、いずれも分会の主張を被告会社の従業員に訴えるために作成されたものであって、殊更被告会社内の秩序を乱すことを目的としたものではなかった。また、就業規則違反を理由とした警告六件のうち、昭和四九年一二月二八日付けのもの、昭和五〇年一二月一日付けのもの及び昭和五一年三月一九日付けのものは、いずれも原告が被告会社の施設内で許可を受けないでビラ配布や演説などの組合活動をしたことに対して行われたものであるが、これらの組合活動は就業時間外や休憩時間中に行われたものであり、それによって被告会社の施設管理又は業務に具体的に何らかの支障が生じたことはなかった。昭和四九年一二月一九日付けのものは、被告会社がその施設内の鍵を統一的に管理しようとしたことに対して、分会が組合事務所の鍵を被告会社に引き渡さなかったことによるものであるところ、被告会社において鍵を統一的に管理するという防犯上及び施設管理上の一般的必要性はあったが、右組合事務所については、前記のとおり、その占有権原について分会と被告会社との間に争いがあり、分会が仮処分によってその占有を回復したとはいえ、当時なお被告会社からの明渡訴訟が係属していたのであるから、分会としては占有の象徴ともいうべき鍵の引渡しに応じがたいという特殊な状況があった。

また、昭和五〇年四月八日付昇給停止処分(懲戒処分としての戒告に伴うもの)は、被告会社が雪による交通機関の乱れのために遅刻した従業員にその遅刻分だけ残業せよと命じたことについて、原告が、勤務時間中に上司の許可を得ないで職場を離れ、尾上総務部次長に対し一〇分ないし一五分間抗議したことを主な理由として行われたものであるが、この残業命令そのものは当日のうちに撤回されている。

4  ところで、被告会社では、その業務の拡大に伴い故障品の修理依頼も増加し、既に競争会社のトリオが全国各地にサービスステーションを配置して故障品の修理等を迅速に処理していたことに対抗するためにも、地方に同様のサービスステーションを設置する必要に迫られており、当時はまず、大阪にサービスステーションを設置していた。サービスステーションには、その業務の性質上、無線機の修理等についてある程度の知識及び経験を有する技術者を配置することが必要であったが、現地において新規に採用した者のみで直ちにこの必要性を満たすことはできないため、これらの者が十分な能力を修得するまでの間、東京などから技術者を配転してこの必要性を満たすこととし、池上工場や馬込サービスステーションからも技術者が順次大阪サービスステーションに配転された。

被告会社は、昭和五〇年一一月二一日、当時池上工場サービス課に所属していた原告に対し、独身であり技術的にも適任であるとして大阪への配転を命じたが、原告は、組合活動に支障が生じること及び母親がガン患者であって原告がその面倒を見なければならないことを理由にこれを拒否した。その後、前記組合事務所の明渡訴訟において、同年一二月二六日、分会が右事務所を明け渡す一方、被告会社が右配転命令を取り消し、当時者双方は右取消しが業務上の必要性がなくなったことによるものではないことを確認する、との内容の和解が成立し、右配転問題はひとまず解決した。

被告会社は、この間にサービス部門強化のため池上工場のサービス部門を馬込サービスステーションに統合していた。しかし、原告は、右和解後馬込でのサービス課勤務に応じなかったため、いったん池上工場総務課所属となり、昼食弁当の運搬、郵便物の発送及び検査業務の手伝いなどに従事することとなったが、その業務スケジュールは、時間的に割合余裕があり、分刻みで仕事に追われるようなものではなかった。

被告会社は、そのころ依然として大阪へ技術者を派遣する必要に迫られていたので、前記の訴訟上の和解の約一か月後である昭和五一年一月三〇日、原告に対し改めて大阪への配転を申し入れ、その期間は三か月でもよいと提案したが、原告は前同様の理由でこれを拒否した。そこで、被告会社は、原告に対して母親の病状についての診断書の提出を求めたところ、これに応じて提出された同年三月一〇日付け診断書には、原告の母親が手術の後遺症のため通院加療中であり、付添いの意味で同居人がいることが望ましいと思われる、との記載があったので、右配転の申入れを撤回し、同月二三日付けで馬込サービスステーションを定位置とする営業部サービス課勤務を命じ、原告もこれに応じて同サービスステーションで勤務を始めた。

三  本件ビラの配布

《証拠省略》を総合すると、次の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  馬込サービスステーションは、関東地区における被告会社の唯一の修理部門であって、村田公英サービス課長以下一〇名を越す従業員が配置され、主として被告会社の製品である無線機の修理を行っていた。従業員中には、原告のほか高橋重光、小川重明及び緒方雄の三名の分会員がいたが(ただし、緒方は昭和五一年六月一日付けで自己都合退職した。)、原告は、修理は担当せず、伝票整理や修理完了品の発送等に従事していた。同所には、販売店を通じて集められた修理品が毎週二回トラック便で運び込まれるほか、わずかながら顧客自身が修理品を持参することもあり、同所では、これらを修理したうえ、発送したり、来所した顧客に直接手渡しているほか、被告会社営業部の依頼により在庫品の性能検査も行っていた。

昭和五〇年一月から昭和五二年一一月までの間の同所における修理受付台数及び修理完了台数は、被告会社の帳簿上別紙二(1)のとおりであった(ただし、このうち完了台数はほぼ実数を表わしているのに対し、受付台数は、顧客が持参したものを即日修理して返却した場合や在庫品の検査の場合には受付帳簿に記載しないことから、実数よりやや少なくなっている。)。これによると、本件解雇がされた昭和五一年もその前年の昭和五〇年も、夏休みの始まる七月にその年最高の受付台数を記録しており、右両年の六月ないし八月の状況を比較すると、受付台数については各月ともに昭和五一年の方が多く、完了台数については、六月及び八月は昭和五一年の方が多く、七月は昭和五〇年の方が多くなっていた。一方、修理に従事していたサービス課員の人数は、昭和五〇年が各月とも一一名であったのに対し、昭和五一年は六月が一一名、七月が九名、八月が一〇名であったから、サービス課員一人当たりの受付台数及び完了台数を比較すると、いずれの月も昭和五一年の方が昭和五〇年よりも多く、サービス課員の負担は昭和五一年の方が昭和五〇年よりも重くなっていた(なお、昭和五一年七月には、大阪サービスステーションから修理品約五〇台を引き受けているが、修理品の出所がそのようなものであったとしても、サービス課員の負担状況には変わりがない。)また、被告会社では、例年八月に数日間一斉休業しており、同月の月間実働日数は他の月より二、三日少なくなるという事情があった。そして、昭和五一年におけるサービス課員の残業時間数の合計は、六月ないし八月がそれ以前よりある程度は多くなっていた。ただ、昭和五〇年一月から昭和五二年一一月までの各月末における修理品の残留台数は、別紙二(2)のとおりであって、各年ともに六月ないし八月に他の月よりも多量の残留台数を記録しているという状態ではなかった。

同所における昭和五一年七、八月の修理期間は、受付台帳に記載されてそれが判明している七月分は五三七台、八月分は四八〇台(いずれも同月中に出庫したもの)を対象とすると、七月分については、二週間以内のものが全体の九〇パーセント近くを占め、三週間以内のものまで含めると九八パーセント近くとなっていた。しかし、八月分については、二週間以内のものが約五四パーセント、三週間以内のものを含めても約八一パーセントと、七月分に比べて長期化しており、そのうち特に被告会社の主力商品であるFT一〇一型無線機だけをみると、八月分の修理日数は、三週間を越えたものが約三九パーセントを占め、二週間以内のものは約一六パーセントにすぎなかった。

2  原告は、馬込サービスステーション勤務となった昭和五一年三月二三日以前の同所の状況を直接には見聞していないが、池上工場の修理部門に勤務していたことから、修理業務の内容については承知しており、昭和五〇年以前から馬込サービスステーションに勤務していた分会員からも従前の状況を聞き知っていたし、同所における原告の勤務内容は伝票整理及び修理完了品の発送等であったから、同所全体の業務量を経験的に把握できるものであった。また、馬込サービスステーションでは、受け付けた修理品に受付日を大書した紙片を付けて収納棚に並べ、サービス課員らは自己の担当する修理品を順次その棚から持ち出して修理に当たるのであるが、修理品が多い時期、特に七月から八月にかけては、修理品が通路や各課員の作業机近くに二段ないし三段に積み重ねられることがよくあり、原告は、現に昭和五一年の七、八月に、そのような状況を見ていた。これと前記のようにして得た知識に基づいて、原告は毎年夏になると修理品の数量が増加するが、昭和五一年の夏は前年より多いようであること、修理に三週間から一か月近くかかるものも多いこと、顧客が直接修理品を持参して至急修理するよう依頼する場合(原告はこれを「特急」と呼んでいた。)には、他の修理を後回しにしてこれに応ぜざるを得ない状況にあることなどを認識していた。

分会は、以前からサービス課の人員問題に関心をもっており、昭和四八年六月一五日付けの分会ニュースにおいても、故障品の増加によってサービス課員が労働強化を迫られているとして、同課の人員増強を主張していた。昭和五一年八月当時は、原告を含む三名の分会員が馬込サービスステーションで勤務し、同所の労働条件改善が分会にとって重要な問題となっていたことから、分会長である原告は、自己の認識した同所の状況を、広く被告会社の従業員らに訴え、同所の人員体制について問題を提起するため、本件記事を作成するに至った。

3  分会のビラ配布活動は、前記のとおり始業時刻前に池上工場の門前で行われており、当初は同工場従業員の八、九割の者がビラを受け取っていたが、やがてビラを受け取る者は減少し、昭和五一年六月ころには辛うじて一〇名程度になった。それ以前の昭和五〇年五月ころから、ビラ配布を行う時刻ころに、被告会社の管理職らが同工場門内の広場に出てバットの素振りや体操などをするようになり、分会のビラ配布活動が管理職らの目前で行われる状況となっていたことや、昭和五一年六月二日には、ビラ配布をしていた下丸子支部の目時執行委員と右のようにして門内にいた被告会社の山下課長とが口論をし、山下が所携のバットで目時を小突くといった事態が発生したことなどから、原告は、ビラを受け取る者が減少したのは従業員らが管理職の目を恐れているためであると判断し、一枚でも多くのビラを配布するには管理職の目の届かないところに場所を変更して行うことが必要であると考えた。そこで原告は、本件ビラの配布は、池上工場から一五〇ないし二〇〇メートル離れた最寄りの東急バス上池上停留所付近の通勤経路上において行うこととした。

原告は、昭和五一年八月二三日の午前八時一〇分ころ、同停留所付近に赴き、本件ビラの配布を始めた(この事実については、時刻の点を除き、当事者間に争いがない。)。しかし、同所から原告の勤務場所である馬込サービスステーションへ行くには一五分程度かかることから、午前八時三〇分の始業時刻に遅れないために、午前八時一五分ころにはビラ配布をやめざるを得ず、結局、原告がビラを配布していた時間は五分間程度で、その間に約一〇枚のビラを配布したにすぎなかった。その際、原告は、本件ビラを殊更一般通行人に配布しようとしたのではなく、あくまで被告会社の従業員を対象に配布しようとしていたのではあるが、被告会社の従業員と前後して通行する一般人に対しても特に区別することなく本件ビラを差し出していたため、本件ビラのうち二、三枚が一般通行人の手に渡った。

四  本件ビラ配布後解雇までの経緯

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告会社では、原告の本件ビラ配布状況を、出勤途上の鈴木専務が目撃した。そして、被告会社は、のちに本件ビラを入手して本件記事の内容を検討した結果、本件記事は、特に「マゴメ、修理の山!」との見出し及び「修理品が二階~三階建てのビルのように山となっています。」との部分において、虚偽の事実を記載し、侮辱的かつ誇大に宣伝するものであって、そのような記事を含む本件ビラを一般通行人に配布したことは、これを読んだ者に被告会社の製品に欠陥があるかのような誤解を生じさせ、ひいては被告会社の営業活動を妨害するおそれも大きく、被告会社の信用を毀損するものであると判断した。そこで被告会社は、原告に対し、昭和五一年八月二五日付けで、原告の右行為は懲戒解雇又は諭旨退職(退職願いの提出を勧告し、これをしないときは懲戒解雇とするもの)に該当すべきものであるが、処分は留保する旨の警告書を発するとともに、右記事に対する釈明を求めたが、これに対する原告からの回答はなかった(この点については、警告書の内容を除き、当事者間に争いがない。)。

この被告会社としての動きとは別に、原告の上司である片田営業部長が、総務部長に対し、同月三〇日付けで、本件記事が営業上重大な支障を来しかねないとして、原告に対する相応の処置を要求する報告書を提出したほか、被告会社の須賀川工場の従業員らで組織している八重洲無線労働組合は、本件記事が直接的には被告会社に重大な損失を与えるものであり、間接的には従業員の生活を脅かすものであるとして、本件ビラを作成配布した分会員らに対して厳しい処分をするよう被告会社に要求する旨の決議をし、同年九月三日付けで、その旨を記載した抗議文を被告会社に提出した。

このような被告会社や従業員らの反応の背景には、被告会社がその製造するアマチュア無線機器の販売について、トリオなど同業他社との間で熾烈な競争関係にあったという事情があった。

2  被告会社の就業規則には、従業員に対する懲戒は懲戒委員会の諮問を経て行う旨が定められていたため、被告会社は、右のような社内の動きを受けて、同年九月三日、原告に対する処分を検討するため、懲戒委員会を開催した(懲戒委員会の開催については、当事者間に争いがない。)。右懲戒委員会には、被告会社の懲戒委員会規程に則り、鈴木専務、髙木企画部長、鷲尾製造部長、片田営業部長、尾上総務部長及び村田サービス課長が委員として出席したほか、長谷川社長及び須賀川工場の小野寺工場長もオブザーバーとして加わり、資料として提出された本件ビラのコピーを検討したほか、村田サービス課長が口頭で馬込サービスステーションの状況を説明し、審議の途中で、原告の出席を求めてその釈明ないし主張を聴いた。その際原告は、本件記事は修理部門の忙しさを解消する方法を考えるために作成したものであるから、本件ビラの配布は正当な労働組合活動であり、「修理の山!」及び「二階~三階建てのビルのように」という部分は、修理品が二段、三段に積み重ねられている状況を比喩的に表現したものであると弁明した。

以上のような審議ののち、懲戒委員会は、本件ビラ配布行為自体が被告会社の営業上重大な問題を含んでいるうえ、原告が従前から多くの業務妨害行為及び就業規則違反行為をしていることに照らすと、懲戒解雇とするのが相当と思われるが、原告の今後の立場を考慮して諭旨退職とする旨の結論を出した。しかし、一部の委員は、直ちに諭旨退職を通告するのではなく、原告に反省の気持ちがあるか否かを確認したうえ、これを通告すべきであるとの意見を付していた。なお、右の原告の従前の行為については、総務部長から概括的な説明がされただけで、原告がいつ、いかなる行為をしたのかなどが具体的に説明されたり、論じられたことはなかったが、前記のように原告が被告会社から警告や処分を受けるような行為をしていたことは委員らの承知するところであったため、その認識に基づき、右のような評価がされることとなった。

3  被告会社の長谷川社長は、右のような懲戒委員会の決議を受けたものの、できる限り解雇を避けるとの方針で問題を解決することとし、同月一三日に開かれたこの問題についての下丸子支部及び分会との第一回団体交渉においても、尾上総務部長を通じて、この方針に基づいて原告の謝罪を要求し、翌一四日には原告を呼んで直接に謝罪を要求した。

他方、分会は、被告会社から前記八月二五日付けの警告書が発せられたのち、下丸子支部にこの問題についての指導を仰ぎ、同支部の流矢副委員長らが分会とともに被告会社との交渉に当たっており、同支部及び分会ともに、本件記事の内容に誤りはなく、本件ビラ配布行為は正当な労働組合活動の範囲内のものであるから、謝罪の必要はないと考えていた。しかし、組合側(下丸子支部、分会)は、被告会社の要求する謝罪の中には訂正文書を差し入れることも含まれる趣旨であると判断し、同年九月二二日付けで、本件記事の中に修理品が「二階~三階建てのビルのように山となっています。」とあるのを「二段積み三段積みと棚からはみ出して山積みされています。」と訂正するとともに、本件記事の意図は現状の改善向上等にあって、悪意はないと記載した訂正文を分会名義で作成し、流矢が被告会社の尾上総務部長に交付した。これに対し尾上が一行でも謝罪文言を入れるよう要求したため、組合側は、同月二五日付けで、右訂正の理由として「誤解を招くおそれもあるため」との文言を挿入したほかは先の訂正文と全く同文の訂正文をやはり分会名義で作成し、再び流矢がこれを尾上に交付するとともに、謝罪はできないが、謝罪の意味をも含めた旨説明したが、尾上はあくまで謝罪文言を入れるよう要求し、問題の解決には至らなかった。

更に、同年一〇月一日に行われた第二回団体交渉においても、被告会社は、謝罪文を要求するとともに、謝罪文が提出された場合には、これを宣伝材料にしないのはもちろん、原告に対して以前に行われた昇給停止処分による不利益の是正及び技術的な能力を生かせる職場を与えることを考慮する旨申し入れた。しかし、組合側は、これを検討したものの、結局これに応じなかった。

そこで、被告会社は、同月一三日、原告に対し、同月二〇日までに退職願いを提出するよう勧告し、これを提出しない場合には同月二一日付けで解雇する旨の諭旨退職通告書を発した(諭旨退職が通告されたことについては、当事者間に争いがない。)。右書面中には、「本件記事に対して警告書を発し、釈明文等を要求した件に関して、懲戒委員会の決議以来、更に慎重に検討を重ねてきたが、就業規則に照らして諭旨退職とする。」旨の記載があるほか、付記として、「訂正文書の提出には応じても、一片の陳謝の要求にはあえて応じられないという社員に対しては、会社としてはやむを得ない結論となったわけです。」との記載があった。

4  その後、右の解雇の撤回をめぐって、同月一八日、二一日及び二九日の三回にわたり東京地本の杉本組織部長も加わった団体交渉が行われたが、事態の進展はなかった。しかし、右二九日の団体交渉において、杉本がこの問題について東京都地方労働委員会に斡旋申請をすることを提案したので、被告会社もその場でこれに同意し、原告の解雇問題を一時凍結することとした(この凍結については、当事者間に争いがない。)。

右斡旋の手続においては、被告会社は、当初、原告が謝罪しない以上は解雇は避けられないとの考えから、退職を前提として退職金の増額を検討するとの案を示していたが、のちに方針を変更し、解雇を撤回する代わりに、原告に就業規則を守るあかしを求める意味で、福岡サービスステーションへの配転を提案するとともに、これに応じた場合には、主任への昇格や従前の昇給停止分の給与調整を考慮するほか、当時原告が婚約中であったことから、原告が結婚した場合にはその妻を右サービスステーションで事務員として採用してもよいとの条件を付し、更に、配転先は大阪でもよく、配転期間は三か月でもよいとの提案をした。これに対し原告は、配転により労働組合活動に支障が生じること及び母親が前記のような健康状態にあることを理由に、被告会社の提案をいずれも拒否し、斡旋は不調に終わった(被告会社からの福岡、大阪への配転提案があり、原告がこれを拒否したことについては、当事者間に争いがない。)。

被告会社は、同年一二月一三日、原告に対し、原告が自己都合退職をするならば、原告が被告会社の修理の下請をできるよう便宜を計る旨の最終案を示したが、原告がこれに応じなかったため、同月一五日付けの書面で、原告に対して同日付解雇の意思表示をした(解雇の意思表示については、当事者間に争いがない。)。右解雇通告書には、その理由として、「原告の就業規則違反諸事由に関する懲戒処分に関し、懲戒委員会の決議に基づき、原告の反省を求め穏便な処理をするために、努力を重ね、きわめて譲歩した形での諸解決案を提示したにもかかわらず、原告が誠意をもってこれにこたえず、一方的に拒否したので、被告会社としては原告を従業員として不適格と認めざるを得ない。」旨の記載があった。

五  本件解雇の効力

1  被告は、本件解雇の理由として、第一に、原告が本件記事を掲載した本件ビラを配布したこと自体が就業規則六六条一一号及び一五号に該当し、第二に、原告が従前に就業規則違反の言動により数多くの警告や懲戒処分等を受けていたにもかかわらず本件ビラを配布したという意味で、それが更に同条六号、一〇号及び一六号に該当し、第三に、本件ビラ配布問題についての円満解決に向けて原告が誠実な対応を示さなかったことが同条六号及び一六号に該当するものであって、これらの事由が相互に補強し合って一つの解雇事由を形成すると主張する。

そして、《証拠省略》によれば、被告会社の就業規則六六条は、懲戒解雇又は諭旨退職の事由として、六号に「服務規律に違反し、職場の秩序を紊したとき」、一〇号に「懲戒訓戒を受けたにも拘らず尚改悛の見込みがないとき」、一一号に「事業上の重大な秘密を社外に漏そうとしたとき」、一五号に「故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与え、又は会社の信用を毀損し若しくはこれをなさんとしたとき」、一六号に「会社の安寧秩序を阻害する行動をなしたとき」とそれぞれ定めていることが認められる。

2  そこで、まず、第一の本件ビラの配布行為について検討する。

《証拠省略》によれば、本件ビラは分会の機関紙としての形式と内容を有しており、これを見る者は本件ビラが労働組合の機関紙であることを一見して容易に認識することができたものと認められる。そして、労働組合の機関紙は、労働組合員その他の関係者に労働組合への関心を喚起し、その主張を周知徹底して賛同を求める目的で発行されるものであり、労働組合の行ういわゆる教宣活動の最も重要な手段の一つである。労働組合の機関紙の記事の内容の評価に当たっては、このような機関紙の性格を十分に考慮することが必要であって、例えば、その表現が読者に強い印象を与えるためにある程度強いものとなり、また誇張されたものになることもやむを得ない場合があるし、また、そのような表現を用いたとしても、その配布対象が当該労働組合の構成員やその職場の同僚に限られるときは、これらの者が直接に実情を知り得る立場にあるから、誤解を生じさせることも少ないと思われる。したがって、殊更に虚偽の記載をしたり、教宣活動の目的とかけ離れた利用をするというのであれば格別、そうでない限り、その表現にある程度の誇張があったとしても、その作成配布は正当な労働組合活動の範囲内にあるものと解するのが相当である。

このような観点から本件記事をみると、まず、本件記事が訴えようとしている趣旨は、「毎年、夏休みになると修理品の量が多くなって、馬込のサービス課は急に忙しくなる。今年は例年よりも修理台数が多いので、なおさらだ。夏だけのことではあるが、その解決の方向を考えたい。」というものであって、そこに、今年(昭和五一年)の夏が例年に比べて修理品の量が多く、忙しいことを示す具体的な裏付けとして、「修理が完了するまでには一か月近くかかるし、残留している修理品は山のようになっている。」との事実認識を記載しているものと理解することができる。被告会社は、本件記事の主題は、修理品について異常事態が発生したことを外部に知らせようとする報道である、と主張するけれども、本件記事全体を素直に読めば、修理品について異常事態が発生したことを窺わせる記述はなく、たかだか修理品の量が例年に比べて多いというにすぎず、また、この点は本件記事の主題ではないことが、容易に観取できるのであって、被告会社の主張は失当である。

そして、前記三の1で認定した事実によると、昭和五〇年及び五一年ともに夏期には修理品の受入れが増加しており、昭和五一年夏期のサービス課員一人当たりの修理台数は前年を上回っていたのであるから、本件記事は、その趣旨において一応の根拠を有していたものである。もっとも、サービス課員の残業時間総数や月末における修理残留台数には夏期においても目立つほどの変化が見られなかったのであるから、右の修理品の受入れの増加や一人当たりの修理台数増加が直ちに多忙に結び付くほどのものであったかどうかは明らかではない。しかし、忙しいか否かは、それ以前との比較における相対的な程度の問題として認識されるとも考えられるから、急にとか大忙しとかの評価は別として、修理品が増えればその分だけ忙しくなるものとみるのが自然である。また、修理期間についても、前記三の1で認定したとおり、昭和五一年八月の修理期間は七月に比べて相当長期化しており、特に被告会社の主力商品であったFT一〇一型無線機では、修理完了までに三週間以上を要するものが四割近くあったことに照らすと、「一か月近くかかる」という表現も、幾分かの誇張はあるものの、虚偽と言い得るほどのものではない。

残留修理品の量についての「二階~三階建てのビルのように山となっている。」との表現は、なるほど被告会社主張のように文字どおりの意味に解することもできないわけではないが、本件記事の文章全体の流れの中でみるならば、それが量の多さを示すために用いられた比喩的な表現であることは、容易に判明する。ただ、その「山となっている」という表現から推測される修理品の量は、通常、少なくとも二段ないし三段積みというよりは多量のものであると解されるから、この表現は、かなり誇張された表現であるといわなければならない。なお、見出しに「修理の山!」とあるのも同様に誇張された表現であるが、見出しはその性質上読者の関心を引くために付されるものであるから、記事全体との関連において理解する限り、それ自体を格別に問題とすべきものとは思われない。また、末尾に「池上工場も、トラック便等大変なようです。」とある部分は、記事全体の趣旨の中で考えると、これを付記した意味は必ずしも明確でなく、せいぜい、馬込サービスステーションだけでなく池上工場も非常に忙しい旨を付け足して、同工場の従業員の共感を得ようとした程度のものと解されるにすぎない。

以上のとおり、本件記事は、事実関係について一応の根拠に基づいて作成されていて、殊更に虚偽の記載をしたものとは認められず、ただ、残留修理品の量を表わした比喩的表現の点においてその誇張の度合いが問題とされるにとどまるものである。そして、労働組合のいわゆる教宣文書の表現にある程度の誇張があったとしても、その配布対象を同一事業所の従業員に限定するなど教宣活動の目的にそった利用がされるならば、それは正当な労働組合活動の範囲内にあるものとして是認されるべきことは前述のとおりであり、本件記事に見られる右の誇張の度合いも、本件記事が訴えようとしている趣旨そのものに関する箇所についての問題ではないことなどを考慮すれば、右の是認し得る範囲内にあるものと認めるのが相当である。

次に、本件ビラ配布の方法及び態様についてみると、原告は、前記三の3で認定したとおり、本件ビラを殊更に一般通行人に配布しようとしたのではないが、二、三枚を一般通行人に配布したものである。バス停留所付近のようなある程度人通りのある場所でビラの配布を行う以上、配布の対象を被告会社の従業員のみに限定することは難しく、一般通行人がビラを受け取る可能性が大きいのであって、原告もこのような可能性を認識しながら、あえて一般通行人を区別することなく、これに対しても本件ビラの配布を行ったものと考えられるから、この点において、原告の本件ビラ配布活動には配慮に欠ける点があったものといわざるを得ない。そして、本件記事によって被告会社に修理品が山のようになっている旨を外部に対して表明することは、一般人をして被告会社の製品に何らかの欠陥があるかのような誤解を与える可能性があり、ひいては、その誤解に起因して被告会社の製品の販売量の減少をもたらす可能性も全く否定することはできない。

確かに、前記四の1で認定したとおり、被告会社はアマチュア無線機器の販売について同業他社と熾烈な競争関係にあったのであるから、自社製品の品質等に無用の誤解を生じさせるような行為に対して敏感になっていたものと思われるし、およそ製造業に携わる者にとって、その製品の品質が顧客に信頼され、大量に販売されることが最大の目的であり、同時に誇りでもあろうこともまた、十分にうなずけるところである。したがって、本件記事中の「修理品が二階~三階建てのビルのように山となっています。」等の誇大な表現に対して、被告会社あるいは須賀川工場の従業員が前記四の1認定のような警告を発し、あるいは厳しい処分を求めたことにも、一応の理由があったものということができる。

しかしながら、本件記事を読んだ一般人がこの点をどのように受け止めるかは、これとは別の問題である。本件記事は、まず一読して労働条件の改善について問題提起をする趣旨のものであることが理解されるものであるし、修理品の山とはいっても、「二階ないし三階建てのビルのように」という誇張された修飾があるだけで、修理品の量についての具体的な数値は何ら示されていないし、修理品発生の原因となった事実が指摘されているものでもない(むしろ、夏だけの季節的な現象であることが窺える。)また、労働組合の教宣文書にはその性質上ある程度の誇大な表現がされることがあることは、大方が認識しているところであると考えられるから、本件記事に右のような誇大な表現部分があるからといって、それが何らかの強い影響力を持つとは考え難い。そして、一般通行人に配布されたビラはわずか二、三枚にすぎなかったのであるから、これによって、被告会社の信用を低下させたり、その営業に支障を生じさせるおそれは非常に小さかったものと考えられる(現に、被告会社に本件ビラ配布による具体的な損害が生じていないことは、被告において自認しているところである。)。更に、原告が本件ビラをバス停留所付近で配布するに至ったのは、前記二の3及び三の3で認定したように、被告会社が就業時間外においてもビラ配布を含めて会社構内における労働組合活動を認めず、池上工場門前における原告のビラ配布活動についても、あたかもそれを監視するかのような被告会社管理職らの行動があったためであって、被告会社の分会の活動に対する対応の仕方もその一因をなしていると考えられるのである。

そうすると、原告の右行為は、仮に何らかの懲戒事由に該当するとしても、ごく軽微な処分を相当とするにとどまり、懲戒解雇又は諭旨退職の事由としての「事業上の重大な秘密を社外に漏そうとしたとき」(就業規則六六条一一号)又は「故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与え、又は会社の信用を毀損し若しくはこれをなさんとしたとき」(同条一五号)に該当するものとは到底いうことができない。

3  次に、被告は同理由の第二として、本件ビラ配布行為以前に原告が数多くの警告や処分を受けていたにもかかわらず本件ビラ配布行為に及んだことを挙げる。しかし、その主張自体及び前記二ないし四に認定の事実関係に照らすと、これは、原告の過去の言動について改めて処分をする趣旨ではなく、原告の本件ビラ配布行為が偶発的なものではなくて過去の一連の言動と関連性を有するものであることを明らかにし、その動機において改悛の情なく悪質であること及びそれによる被告会社内の秩序の乱れ等が大きいことを主張しているものと解される。

ところで、前記二において認定したところによれば、原告は被告主張の警告や処分を受けてはいるものの、分会機関紙の記事を問題とした警告六件については、表現の方法等に幾分かの問題はなくもなかったが、その目的は主として労働組合の教宣活動にあったし、被告会社内に秩序の乱れが生じたかどうかは明らかではない。また、就業規則違反を理由とした警告六件及び二件の処分については労務の提供と相容れない就業時間中の労働組合活動又は職場離脱のように弁明の余地の乏しいものもあったが、鍵管理問題のように当時分会が置かれていた状況の下ではやむを得ないと評価し得るものもあり、概して、ルール違反ではあるが具体的な支障が生じるほどのものではなかったものと評価することができる。

そうすると、従前にこのような警告や処分を受けた言動があったとしても、それによって加重されるべき情状の程度は、さほど大きいものとは認められない。そして、本件ビラ配布行為自体が前述のような評価をされるにすぎないものであるならば、情状面においていかに従前の言動との関連性を考慮に入れても、なお、本件ビラ配布行為が被告主張の懲戒解雇又は諭旨退職の事由にまでなるものとは、いうことができない。

4  更に被告は、本件解雇の理由の第三として、本件ビラ配布後における原告の対応を主張する。しかし、その主張自体から明らかなように、これは、原告の本件ビラ配布行為が従前の言動との関連性をも含めて解雇に相当するものであることを前提とした上で、解雇の回避のための被告会社の諸提案に対して原告が誠実に対応しなかったことを主張するものである。ところが、前述のとおり、本件ビラ配布行為は解雇に相当するものではないから、原告が同様の理解の下に解雇回避のための諸提案を拒否したとしても、それが解雇の事由又はその一部となるものではない。

5  以上のように、被告会社の主張する就業規則所定の解雇の理由に該当する事実については、その存在を認めることはできないから、本件解雇は無効である。

六  原告の地位と賃金請求権

本件解雇は無効であるから、原告は、被告会社に対し、労働契約上の権利を有しているところ、被告会社が、昭和五一年一二月一六日以降、原告をその従業員として取り扱わず、原告の就労を拒否して賃金を支払わないことは、当事者間に争いがない。したがって、被告は、原告に対し、原告が同日以降就労を継続した場合に得られたであろう賃金相当額を、賃金支払日に支払うべき義務がある。そして、その具体的金額については、被告において別表二(1)ないし(12)記載のとおりである旨自認しているにとどまり、本件全証拠によっても、これを超えるものとは認められないから、被告の右支払義務はこの範囲にとどまるというべきである。

なお、被告は残業手当相当額を未払賃金に加えるべきでない旨主張するが、《証拠省略》によると、当時原告が毎月三時間程度の残業をしていたことが認められ、原告が就労を続けた場合には、通常右残業時間に相当する残業手当の支払を受けたものと考えるのが相当であるから、被告の右主張は採用できず、被告は、原告に対し、右認定を前提として算出された別表二(1)ないし(10)記載の残業手当相当額を、他の賃金と合わせて支払うべき義務がある。

七  結論

よって、原告の本訴請求は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、並びに未払賃金合計二〇九〇万一〇〇七円及びそのうち昭和五八年までの未払分については各年の合計額に対する弁済期の経過後である当該年の一二月三一日以降、昭和五九年の未払分についてはその合計額に対する弁済期の経過後である同年三月三一日以降、それぞれ支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金(被告は商事法定利率を適用すべきでない旨主張するが、原告と被告会社との間の労働契約は、商人である被告会社が営業のためにしたものと推定すべきであり、本件全証拠によっても右推定を覆すに足りる事実は認められないから、右契約に基づく賃金債務の遅延損害金の利率は商事法定利率によるべきである。)の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用は民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して被告の負担とし、仮執行の宣言については、主文第五項の金一二〇〇万円の限度でこれを付するのを相当と認め、同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 片山良廣 藤山雅行)

<以下省略>

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